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東京地方裁判所 平成8年(ワ)3153号 判決 1997年7月30日

甲事件原告・乙事件被告

飛行船株式会社

右代表者代表取締役

奥山充紀

乙事件被告

奥山充紀

右両名訴訟代理人弁護士

一瀬敬一郎

川村理

甲事件被告・乙事件原告

株式会社あさひ銀行

右代表者代表取締役

吉野重彦

右訴訟代理人弁護士

山本晃夫

高井章吾

杉野翔子

藤林律夫

鎌田智

伊藤浩一

主文

一  甲事件原告の請求を棄却する。

二  乙事件被告飛行船株式会社及び同奥山充紀は、乙事件原告に対し、各自、米貨三九万二六〇六ドル四一セント及びうち米貨六万九五六二ドル八〇セントに対する平成七年七月四日から、うち米貨二万三八四五ドル五〇セントに対する平成七年八月一八日から、うち米貨四万五〇〇〇ドルに対する平成七年八月八日から、うち米貨七万四五二〇ドルに対する平成七年九月五日から、うち米貨四万七九〇九ドル九〇セントに対する平成七年八月二九日から、うち米貨五万〇一二九ドル七〇セントに対する平成七年九月一三日から、うち米貨八万一六三八ドル五一セントに対する平成七年一〇月一二日から、それぞれ各支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は甲事件原告・乙事件被告飛行船株式会社及び乙事件被告奥山充紀の負担とする。

四  この判決は、第二、三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  甲事件

甲事件被告は、甲事件原告に対し、金一億〇九二〇万〇五一四円及びこれに対する平成七年八月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

主文二項と同旨

第二  事案の概要

本件は、甲事件被告(乙事件原告、以下「被告」という。)との間で信用状取引契約を締結した甲事件原告(乙事件被告飛行船株式会社、以下「原告」という。)が、右契約は五〇〇〇万円を極度額とする反復的与信契約であると主張して、原告の信用状の発行依頼を拒絶した被告に対し、損害賠償を請求した事件(甲事件)と、被告が、右契約に基づき、原告及びその保証人である乙事件被告奥山充紀(以下「奥山」という。)に対し、信用状取引契約による償還金を請求している事件(乙事件)である。

Ⅰ  甲事件について

一  原告の主張

1 原告と被告との間の信用状取引契約は、五〇〇〇万円を極度額とする反復的与信契約であるのにかかわらず、被告は、原告の信用状開設の依頼に対してこれを拒絶した。

2 その結果、原告は、次のとおり、予定していた商品輸入取引をキャンセルせざるを得なくなり、合計金一億〇九二〇万〇五一四円の損害を被った。

(一) フィリピンからの夏物商品

船荷予定 平成七年七月八日

入荷予定 同月二〇日

逸失利益 三八六三万三一五四円

(二) ベトナムからのサマーアイテム

船荷予定 平成七年七月一〇日

入荷予定 同月二五日

逸失利益 二三〇五万〇二七五円

(三) フィリピンからホンコンへの秋物生産用副材料

船荷予定 平成七年六月末

入荷予定 翌七月二〇日

逸失利益 六三万五〇八五円

(四) フィリピンからのチャーミングセール用品等

船荷予定 平成七年八月末日

入荷予定 翌九月二五日

逸失利益 二八五八万九五〇〇円

(五) ベトナムからの試験生産品

船荷予定 平成七年九月末日

入荷予定 翌一〇月末日

逸失利益 一八二九万二五〇〇円

よって、被告は、原告に対し、右合計金一億〇九二〇万〇五一四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年八月二六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二  被告の主張

信用状取引に際して発行銀行が与信枠を設定することがあるが、これは発行銀行の行う与信審査の方法にかかわる行内的な手続に関する概念にすぎず、反復的与信契約の極度額ではない。

また、仮に、本件信用状取引が反復的与信契約であったとしても、被告はいつでも解約の告知ができると解すべきであり、かつ、本件では、平成七年一月一八日以降、約五か月にわたって、信用状取引を中止する旨通告し続け、平成七年四月四日、平成七年二月期の決算内容を見た上で信用状取引を中止するかどうか判断すると告げたうえ、最終的にこれに基づいて、平成七年六月一日、取引中止を通告したものであるから、被告は原告に対して損害賠償責任を負うことはない。

Ⅱ  乙事件について

一  被告の主張事実(争いがない。)

1 原告と被告は、平成五年九月二七日、銀行取引約定及び信用状取引約定を締結し、奥山は、原告が被告に対して負担する一切の債務について原告と連帯して保証する旨約した。

右銀行取引約定には、次のとおりの各条項が規定されている。

a 手形貸付、手形割引、証書貸付、当座貸越、支払承諾、外国為替その他一切の取引に関して生じた債務についてはこの約定に従う。

b 原告は、被告に対する債務を履行しなかった場合には、支払うべき金額に対し年一四パーセントの割合(年三六五日日割計算)による遅延損害金を支払う。

2 原告は、被告に対し、左の各信用状開設申込日にそれぞれ信用状の開設を委託し、被告はこれに応じ、右各同日、別紙信用状目録記載アないしキの各信用状をそれぞれ開設した。

(一) 本件信用状アについて

信用状開設申込日 平成六年一二月九日

(二) 本件信用状イについて

信用状開設申込日 同七年一月一八日

(三) 本件信用状ウについて

信用状開設申込日 同年一月三一日

(四) 本件信用状エについて

信用状開設申込日 同年二月一日

(五) 本件信用状オについて

信用状開設申込日 同年二月二〇日

(六) 本件信用状カについて

信用状開設申込日 同年三月七日

(七) 本件信用状キについて

信用状開設申込日 同年四月四日

3 被告は、本件信用状アないしキにつき、左のとおり、各輸入書類接受日(請求日)に各請求銀行から各金額の船荷書類の送付を受けるとともに同金員の支払請求を受けたので、左の各決済日(支払日)に各通知銀行に対し同金員をそれぞれ支払った。

(一) 本件信用状アについて

請求銀行 バンク・フォー・フォーリン・トレード・オブ・ザ・ソーシャリスト・リパブリック・オブ・ヴェトナム(以下「ベトナム銀行」という。)

金額 米貨六万九五六二ドル八〇セント

輸入書類接受日(請求日) 平成七年一月四日

決済日(支払日) 右同日

(二) 本件信用状イについて

請求銀行 バンコック・バンク・パブリック・カンパニー・リミテッド

金額 米貨二万三八四五ドル五〇セント

輸入書類接受日(請求日) 平成七年二月一七日

決済日(支払日) 右同日

(三) 本件信用状ウについて

請求銀行 バンク・オブ・ザ・フィリピン・アイランズ(以下「フィリピン銀行」という。)

金額 米貨四万五〇〇〇ドル

輸入書類接受日(請求日) 平成七年二月八日

決済日(支払日) 同月一四日

(四) 本件信用状エについて

請求銀行 ベトナム銀行

金額 米貨七万四五二〇ドル

輸入書類接受日(請求日) 平成七年三月六日

決済日(支払日) 同月一〇日

(五) 本件信用状オについて

請求銀行 フィリピン銀行

金額 米貨四万七九〇九ドル九〇セント

輸入書類接受日(請求日) 平成七年三月一日

決済日(支払日) 同月一〇日

(六) 本件信用状カについて

請求銀行 フィリピン銀行

金額 米貨五万〇一二九ドル七〇セント

輸入書類接受日(請求日) 平成七年三月一六日

決済日(支払日) 同月二三日

(七) 本件信用状キについて

請求銀行 フィリピン銀行

金額 米貨八万一六三八ドル五一セント

輸入書類接受日(請求日) 平成七年四月一四日

決済日(支払日) 同月二七日

4 被告は、前記3項の信用状開設によって、又は、前項の支払によって、原告に対して取得した各期償還請求権につき、それぞれ、左の各日に、原告から別紙手形目録記載アないしキの約束手形各一通の振出を受けて、原告に対し、左のとおり、各弁済期を定めてユーザンスを供与した。

(一) 本件信用状アについて

平成七年一月四日

金額 米貨六万九五六二ドル八〇セント

弁済期 平成七年七月三日

(三) 本件信用状イについて

平成七年二月一七日

金額 米貨二万三八四五ドル五〇セント

弁済期 平成七年八月一七日

(三) 本件信用状ウについて

平成七年二月八日

金額 米貨四万五〇〇〇ドル

弁済期 平成七年八月七日

(四) 本件信用状エについて

平成七年三月六日

金額 米貨七万四五二〇ドル

弁済期 平成七年九月四日

(五) 本件信用状オについて

平成七年三月一日

金額 米貨四万七九〇九ドル九〇セント

弁済期 平成七年八月二八日

(六) 本件信用状カについて

平成七年三月一六日

金額 米貨五万〇一二九ドル七〇セント

弁済期 平成七年九月一二日

(七) 本件信用状キについて

平成七年四月一四日

金額 米貨八万一六三八ドル五一セント

弁済期 平成七年一〇月一一日

5 よって、被告は、原告に対し、本件信用状取引契約による償還金請求権に基づき、奥山に対し本件連帯保証債務履行請求権に基づき、各自、

(一) 米貨三九万二六〇六ドル四一セント(償還金元金の合計額)及び

(二) うち米貨六万九五六二ドル八〇セントに対する平成七年七月四日から、

うち米貨二万三八四五ドル五〇セントに対する平成七年八月一八日から、

うち米貨四万五〇〇〇ドルに対する平成七年八月八日から、

うち米貨七万四五二〇ドルに対する平成七年九月五日から、

うち米貨四万七九〇九ドル九〇セントに対する平成七年八月二九日から、

うち米貨五万〇一二九ドル七〇セントに対する平成七年九月一三日から、

うち米貨八万一六三八ドル五一セントに対する平成七年一〇月一二日から、

それぞれ各支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告及び奥山の抗弁事実

原告は、被告に対し、原告の信用状開設の依頼に対してこれを拒絶したことによって、発生した前記損害賠償請求権をもって、対当額で相殺する旨の意思表示をする。

Ⅲ  主たる争点

原告と被告との間で締結された信用状取引契約が反復的与信契約であるか(被告は与信枠の限度で原告による信用状開設の依頼に対してこれに応ずる義務があるか)。

第三  当裁判所の判断

一  証拠(甲二七、二八ないし三〇、三九、乙一、二、九の1ないし3、一〇、一二、一三、一四、証人奥山滋、同竹内登、同小山和利)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告の代表者である奥山と、財務担当の長嶋滋こと奥山滋(以下「長嶋」という。)は、原告の従業員であった黄田を通じ、被告吉祥寺支店の従業員であった竹内登(以下「竹内」という。)と知り合い、平成五年三月一五日、原告は、被告吉祥寺支店で普通預金口座及び当座預金口座を開設し、平成五年七月一四日には、定期預金口座を開設した。

2  平成五年八月ころ、奥山から竹内に対し、信用状の開設を希望する旨の申し入れがあったことから、同人は、改めて、原告の調査をし、同社の三期分の決算書を徴求したところ、原告は自己資本率が極めて低かったものの、ベトナムやフィリピンに生産拠点を持っていたため収益性は高いことが判明し、他方、メイン銀行が三菱銀行から富士銀行に替わり、更に、兵庫銀行や多摩信用銀行と取引することになる等、取引銀行が頻繁に替わっている点が懸念材料としてあったことから、被告としては、原告に対する与信は限定的な取引にとどめ、慎重な姿勢で取引を進めることとなった。

3  そこで、平成五年九月二〇日、竹内が、被告吉祥寺支店の支店長とともに、原告を訪れ、奥山と面談の上、翌二一日、原被告間で、信用状と手形割引の取引を開始することとなり、同月二七日付けで、信用状については五〇〇〇万円の枠(弁済期は六か月後)で、手形割引については三〇〇〇万円の枠で、各取引約定を締結した。

なお、長嶋は、右各取引について、できるだけ多くの枠での取引を希望し、手形割引についても、被告は、当初、五〇〇〇万円の枠で検討したが、稟議の結果、前記のとおりとなったが、これについて、長嶋から特に異議がでることはなかった。

4  また、平成五年九月末ころには、原告は、従業員の給与を被告の銀行口座を利用して振込手続をするようになったが、その対象は原告の従業員三〇名前後であり、金額で月額一〇〇〇万円程度であった。

5  ところで、被告は、平成五年一一月中旬ころ、原告が、同年九月二一日付けで本社ビルとその敷地を武蔵野税務署から差し押さえられていたことが判明したため、同年一一月一九日、竹内から原告の担当を引き継いでいた小山和利(以下「小山」という。)は、長嶋から事情を聞き、滞納額は二三〇〇万円であり、月末には支払えるとの説明を受けたが、同人に対し、今後このようなことがあったら、通常の取引はできなくなる旨を伝えた。

6  平成六年五月ころ、小山が、原告から、平成六年二月期の決算書を徴求したところ、売り上げが激減していることが判明したので、長嶋から事情を聞いたところ、原告から株式会社飛行船企画に対し、営業の一部を譲渡したためであるとの説明を受けた。

7  また、原告の従業員の給与振込手続については、当初、原告は、給料日の午前中までに入金を済ましていたが、次第に、入金時刻が遅くなり、午後三時ぎりぎりになって入金してくることが多くなってきたことから、平成六年六月ころ、小山は、長嶋に対し、給与資金を給料日の前日までに入金するよう要請したが、同人は、売掛先からの入金の都合で、右要請には応じられないとの理由でこれを断った。

8  平成七年一月一八日、小山は、長嶋に対し、信用状の取引を継続するには少なくとも担保を提供して欲しい旨伝えたが、長嶋は、不動産は他の金融機関に提供してあり、余力はないので、不動産を担保に提供することはできない旨答えた。小山は、その後も、原告に対し、給与資金の振込状況の改善を何度となく申し入れたが、原告はこれに応じなかったので、同年三月一五日には、前日に入金がない場合は、給与振込手続はできないし、かつ、信用状の取引を継続することは困難であり、少なくとも信用状枠を縮小して、弁済期も短縮しなければならない旨を、明確に伝えた。

9  平成七年四月四日、小山は、原告を訪れ、信用状の取引を中止についての了承を得るため長嶋と面談をしたが、同人は、平成七年二月期の決算は改善されているからこれを見て欲しいと繰り返し述べるので、その内容が改善されているのであれば信用状の取扱いを継続するけれども、そうでなければ、これを中止すると述べたが、その後、長嶋は、決算書類をなかなか提出せず、平成七年六月一日になって、同人から小山に対して右書類が提出されたところ、売上げは前記から更に減少し、経常損失も拡大していたので、小山は、原告に対し、その場で、信用状取引の解消を通告した。

10  ところが、原告は、平成七年六月二三日、約五万三〇〇〇ドルの信用状の申込書を被告吉祥寺支店に持参してきたので、小山はこれを断り、即座に長嶋に電話で抗議するとともに、同日、原告を訪れ、長嶋に対し、信用状の取引を中止したことを再度、確認し、同日の午後五時ころには、小山と稲垣康平代理が原告を訪れ、奥山と面談し、今までの長嶋との間の経緯を説明するなどしたが、同人は、信用状の開設をしなかったことを強く非難した。

11  被告としては、このままでは、既存の信用状の償還金の決済自体も危ぶまれたので、平成七年六月二九日、被告吉祥寺支店の支店長と稲垣代理とが、原告を訪れ、奥山と面談したが、結局、同人は、信用状を開設するのは銀行の義務であるとの見解を示すのみであった。

二  以上を前提に、被告が原告の信用状開設の依頼を拒絶したことが、信用状取引約定に違反するか否かを検討する。

そもそも、信用状の発行銀行は、信用状を発行した以上、信用状条件に一致した手形・船荷書類の提示に対して支払をすべき義務を負担するのであるから、これは、実質的には信用状の発行依頼者に対する与信であって、信用状発行銀行とすれば、当該取引内容のほか、信用状の発行依頼者の経営状態や信用性、その他一切の事情を考慮して、信用状を発行するか否かを判断できると解するのが相当であって、原告と被告との間で締結された信用状取引契約が、原告主張のような反復的与信契約であるとはいい難い。

もっとも、銀行と信用状取引約定を締結した者としては、与信枠までの信用状が発行されることを期待ないし予定して営業活動をするのであり、このことは、信用状発行銀行としても十分予見できることであるから、信用状発行銀行としても、信用状の発行依頼者の右期待を不当に損なうことのないようにすべきであり、何らの合理的理由もなく、信用状の発行を拒絶することは、事案によっては、信用状の発行依頼者に対する義務違反になることもあり得るというべきである。

そこで、本件において判断するに、前記認定事実によれば、被告は、原告と信用状取引約定を締結した後、当初、把握していなかった原告の税金滞納とそれを理由とする差し押さえの事実を知り、更に、原告が営業の一部を他の会社に譲渡したことによって売上げが減少し、かつ、給与振込の資金の振込が遅れるなど、原告の信用について問題が生じたため、原告との間で与信契約を締結することを中止することを内部的に決めたものの、原告の立場も尊重し、長嶋に対して原告の問題点を指摘し、担保提供を求めるなど、取引内容の改善を図るよう促したが、それにもかかわらず、原告がこれに応じなかったので、最終的に、原告に対して信用状取引を中止することを通告したというのであるから、被告が信用状の開設依頼を拒絶したことには何ら責められるべき点はなく、結局のところ、被告が原告に対して、損害賠償義務を負うこともない。

三  したがって、原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから、これを棄却し、被告の請求は、理由があるから、これをいずれも認容し、訴訟費用の負担については、民訴法八九条、九三条一項本文を、仮執行宣言については、同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり、判決する。

(裁判官見米正)

別紙<省略>

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